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2008年01月10日

十日恵比寿

西宮恵比寿の福男、走りこみの祈願神事は、抽選から戦いが始まっています。
抽選でいい場所を引き当てても、上手く早く走らなければ駄目ですし、自分よりも速い人がいたら勝てないし、その上、運が良くなくては最後まで走りきることは出来ません。

今日は、淡路市内でも同じような神事が有りました。
仮屋事代主神社、志筑の田井神社、南神社のえべっさんです。
仮屋では神事、田井では餅撒き、南では買い物をしました。それぞれに特色がある地域のイベントです。

さて、「調べ高ければ、聴く者稀なり」という新井白石の言葉があります。難解な言葉で話しかけても、耳を傾ける者は少ないという意味だそうですが、説明側にまず責任が有るという意味でもあります。
職員の間に単純に、市長は給与カットをするという噂が有るという事です。
職員はこれまで行政による事だけではなく、地域の住民として地域の核として頑張ってきました。そのモチベーションは大事です。
これまで、行財政改革の推進として、そうした意味合いから、職員の給与カットは最後の選択と言ってきました。それは、全ての知恵と努力を尽くしても駄目な場合という事で、今、全職員が努力を続けている最中です。カットは目的ではなく手段です。
ある意味では伝家の宝刀であり、それは抜いた時にはただの刀としての存在しか有りません。抜くと見せかける事で効果を出さないと駄目なのです。
ご理解下さい。

先行した特別職の給与カットは、津名地域の行革先行と同じ意味で、理論上で整理した実行です。
本来あるべき姿の具現化を、冷静に模索しましょう。