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2010年12月31日
定年以上引退未満
なる言葉が有るそうです。
定年とはどういう意味かで違ってきますが、通例使っている意味からすると、定年前に引退している人は結構多い。
2012年に、一般的に言って、団塊の世代が労働市場から完全に撤退する。
年収200万円前後のワーキングプアーが、1000万人も居ると言われる日本、デフレギャップの金融対策は、政府がしてくれるはずですが・??、現場の市としては、何をなすべきか?
国は全体を守るために、一部を切り捨てる。そうしなければ全体が死ぬ場合が有るからです。
だからと言って、地方が黙してそれに従わなければならないことはない。
それなりの工夫と協力で、対応することが出来るからです。
淡路市は、合併により行政の質は増したが、サービスの量は低下した。それを補うための施策が、「出前市役所イメージ事業」でした。それなりの成果は上げましたが、議論の中に工夫して成果を上げる提案は少なかった。
和歌山県高野町の集落支援員制度を実行した、元高野町副町長高橋氏は、助役に招聘され、人口4600人の町予算45億円を29億円に縮減、住民との対話で行政手法を実践したそうです。
その根幹にあったのは、しがらみを断ち切るスタンス、単なる法律順守より自分が法律と言った自負、そして行政請負人としての熱意でした。
そしてその理念は、「人づくり」。
彼を招聘した後藤元町長は病で任期半ばに退任。高橋氏は、「彼に請われてこの地に来た。未練は無い」と職を辞したそうです。
この2年間で、経済はもっと悪化するという意見も有りますが、そのためか、次代の指導者育成が急がれています。京大の新大学院構想を待つまでもなく、淡路市にもそれなりの対応は身の丈に合わす形で進められています。
世界的観光立島検討テイーム、語学研修テイームなどの任意システム、人事交流による研修派遣、そして自己研修の工夫などです。
多民族、言葉が混在するシンガポール、シンガポーリアンの国防意識は高いと言われています。
大げさに言えば淡路市も、5町混在。市防意識を高める手法に事欠かない。
平成16年、6年前の年末、任期半ばで県の代表監査委員を辞し、自宅の仏壇に報告してから瞬く間に過ぎた時間の濃さは、言葉で簡単に言い表せません。そして、その間、色々とお世話になった方々への感謝も簡単な言葉でいう事は出来ない。
腰部脊柱管狭窄症を発症し症状最悪の中、皇太子殿下お出迎えお見送りに立ち続けた時に得た感謝の念は周りの人々への気持ちでした。11月29日、国会議会開設120年記念式典で、両陛下がお見えになるまでの5分間、静かに立って待っていられなかった国会議員。しつけレベルの問題と指摘される今の国会とは何なのか?
被害者という名の加害者が闊歩し、テロリストと言う名の正義屋が居る昨今、戦士は最後の一撃を残しておかなければならない。
とまれ、今日は静かに明日を迎えたい。