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2015年06月13日

講演、意見発表等

淡路島考(時代の流れ・第68回津名高祭)
1淡路島の人口
 江戸時代150年程前は、約7万人程度と言われている。
 島の人口が最高になったのは、1945年敗戦の年、23万人。
 2015年現在は、14万人台、凡そ10万人の減少です。
 70年前から比べれば人口は減少しているが、江戸時代から比べれば、まだまだ倍居る事になる。しかし、島都と言われた洲本市の選挙人名簿人口は、既に、淡路市より少ない現状です。

2時代の流れの節目
 30年前鳴門海峡大橋が供用開始され、津名一宮インターが開設されて10年間ほど、洲本市の福谷学先生の津名学に、津名引けが起こった、これからは津名の時代と記されていましたが、それも10年間。明石海峡大橋が開通して、島民は利便性という最高の明を手に入れましたが、多くの船員等の雇用の喪失、船着き場等の生活の場の壊滅という暗も同時に受け入れる結果となった。そして、四国街道と言われる淡路島の利用は加速しました。
 四国新幹線は、国家の悲願として残っていますが、淡路島が、関西国際空港建設の挫折で失ったものと得たもの、その評価は難しい。

3教育環境
 淡路市は、未来を担う子供達の教育環境を整えるため、保育所、小学校等の統廃合を進め、適正な競い合いの出来る教育施設を推進している。
 県等における学校施設は、1市10町の時代、現淡路市地域に、分校も含め5校有りました。現在は、県立津名、淡路高校、私学のAIE高校、関西総合リハビリテーション専門学校、関西看護医療大学、そして県立大学の景観園芸学校と多様化して6校在ります。
 学区再編で、淡路市は明石、神戸、芦屋へも行ける事になり、選択肢も含め、多様な教育環境を享受しています。

4東京1極集中
 そうした環境の中で、後輩に臨むことは、
 (1)まず自分の人生を楽しんで欲しい。
 (2)日本国、淡路島、そして故郷、淡路市の為に努めて欲しい。
 (3)家族を愛し、恋人を愛し、そして人類を愛して欲しい。

11日 津名高祭
     県庁淡路会
12日 京都大学大学院公共政策講座
13日 淡路市連合町内会総会
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235の町内会が地域の運営を支えてくれています。有難うございます。
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渡瀬様。と田中様に感謝状をお渡ししました。
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・津名高校同窓会東京支部 下原次長